アガサ・クリスティーのデビュー作です。 世界的名探偵ポアロが生まれた作品でもあります。 是非、読んでおきたい作品です。
あらすじ
ヘイスティングズ大尉は、偶然出会った旧友の招待を受け、田舎町にあるカントリーハウス 「スタイルズ荘」に滞在することになる。 そこで偶然、ベルギーから亡命中のエルキュール・ポアロに再会する。 そんな再会の喜びの中、滞在先のスタイルズ荘で殺人事件が起こる。 途方にくれる旧友にヘイスティングズ大尉は、ポアロに相談するよう持ち掛ける。 ポアロはすでに引退しているが、ベルギーの警察で働いていたすご腕の刑事だったのだ。 ヘイスティングズ大尉の依頼を受けて、事件解明にのりだす。
おすすめポイント
ポアロ初登場
読みやすい作品です。 その完成度は間違いなく、面白い作品になっています。
たくさんの作品を残しているアガサ・クリスティーですが、その後の作品の土台となる作品だと思います。 これからも何度か描かれる、カントリーハウスを舞台にした事件、その手段としての毒薬。 ポアロが豪語するように、灰色の脳細胞を使い、「秩序と方法」、心理学で事件を解決に導く。 物語の中に組み込まれている、謎と真実。 そしてほのかなロマンス、読後感がさわやかなこと。 素晴らしいです。
これがデビュー作なんて!
シャーロック・ホームズとワトスン博士のように、ポアロとヘイスティングズ大尉の名コンビが生まれた作品でもあります。 アガサ・クリスティーはシャーロック・ホームズの大ファンだったので、影響をしっかり受けてしまっています。 また、その後度々顔を合わせることになる、ジャップ警部も登場します。
ポアロの設定は、ベルギーの名刑事でしたが、警察を定年退職しており、中年から高齢とされています。 アガサ・クリスティーはその後、こんなに長い間ポアロを書くことになるなら、もう少し若くしておけばよかったと、悔やんだそうです。 ただ、この作品は初々しさと共に、落着きを持った印象を受けるのは、やはりポアロの年齢からにじみ出ている言葉や行動による、人生の重みではないかと思います。
このデビュー作ですが、簡単に出版にこぎつけられたわけではありませんでした。 数社の出版社から断られ、最終的に出版できたのは、原稿を送ってから2年も経っていました。 よくぞ、見出して出版してくれたものです。
おすすめプラス
『スタイルズ荘の怪事件』を読んだ後に
超有名作品4作品を読むか、クラリサベスト10を読むか、はたまた、ポアロシリーズ、または他のシリーズを読むかいろいろな選択肢がありますが、
短編集『ポアロ登場』はどうでしょうか? ポアロとヘイスティングズが、シャーロック・ホームズとワトソンのコンビのように、窓から街を見下ろして推理を働かせたり、二人のやりとりがほほえましい楽しめる初期の作品です。 アガサ・クリスティーが、いかにシャーロック・ホームズの影響を受けていたかわかる作品です。
ヘイスティングズファンになった方には、『ゴルフ場殺人事件』をお勧めします。ヘイスティングズ大尉が大活躍?します。
さらにちょいたし
アガサ・クリスティーはデヴォン州のトーキーに生まれました。
この『スタイルズ荘の怪事件』を書いていた時のトーキーの町は、第一次世界大戦の戦時下で落ち着いていませんでした。 母親に執筆旅行すすめられ、完成させた作品です。 アガサ・クリスティーが選んだ場所は、ダートムアでした。 ここにもシャーロック・ホームズの影響がありそうです。 1916年にムアランド・ホテルに滞在し書き上げました。 午前中は執筆に集中し、午後はムアを散策しながらこの作品を書きあげたそうです。
出版は1920年ボドリー・ヘッド社から約2000部ほど売れたそうです。 この出版にこぎつけるまでに、アガサ自身も、大きな変化がありました。 たまたま、パーティで知り合ったアーチボルト・クリスティーと、母親や姉の反対を押し切る形で、結婚をしました。 戦争中だったのでアーチーはすぐに戦場に戻り、アガサは、病院を手伝い、母親と暮らしながら、アーチーを待つ日々でした。 そんな時、書き上げたのがこの作品です。
アガサは、その生涯において沢山の家を買っていますが、戦争から無事に帰ってきた、最初の夫アーチボルト・クリスティーと1924年に、購入したサニングデールの家に、アーチーの提案でスタイルズ荘と名付けています。 しかし、結局、アーチーと離婚することになり、幸せな生活を、この家で送ることが出来ませんでした。 アガサは、ポアロ最後の事件『カーテン』でも、スタイルズ荘を舞台として選んでいます。 しかし、ヘイスティングズ大尉に作中で「スタイルズ荘は幸運の訪れるいえではないのだ」と言わせていますし、自伝でも、「不吉な家であった」と述べており、残念ながら、幸せな思い出のある家とはなりませんでした。
時代を読み解く
アガサ・クリスティーがこの作品を書いていたのは、年からもわかるように、世はまさに第一次世界大戦の真っ最中でした。 ポアロの設定も、ドイツに侵攻されたベルギーから逃れてきた、避難民という設定です。 当時アガサの周りにもこういった人々がいて、そこからヒントを得たと、自伝にも書いています。 ヘイスティングズ大尉も傷病兵として登場しますし、カントリーハウスも戦時下の様相を呈しています。 ミセス・イングルスープも「戦時下なので、倹約が大切だし、正餐は遠慮している」などと言っています。 また登場人物の一人シンシアも、病院勤務の薬剤師として、登場しています。 アガサが、戦時中救急看護奉仕隊(VAD)として、病院に勤務し、のち薬剤師として働いた経験がいかされているようです。 慈善バザーや、戦争詩の朗読会など、戦時下の様子うかがえる、記述もでてきます。
また、戦時下の様子だけではなく、その他にも時代を思わせる記述が沢山あります。 第一次世界大戦中のスタイルズ荘の時の女性の服装はドレスでしょう。 『死者のあやまち』という後年の作品、1956年には短パン姿の女性が登場しますし、移動手段も、『スタイルズ荘の怪事件』では車と馬車ですが、次第に車のみに変わっています。
アガサは、長い年月沢山の作品を書いていますので、その時代の雰囲気、生活スタイル、女性の服装や髪型など少しずつ変化していくのも興味深いです。
英国の生活スタイル
英国の作家なので、英国の生活や文化などが、作中に見受けられるのは当たり前とは思いますが、アガサ・クリスティーは、なかでも上手に作品のなかに組み込んでいく作家のひとりだと思います。 フランス窓から、女主人が登場したり、今日は気持ちのいい日だから、庭でお茶を飲もうと言ってみたり、芝生に座ったり、敷地内を時間をかけて散歩したり、はたまた、ポアロのいる部屋は「モーニングルームで」という記述があったり。 これに、キュンと来る人も多いのでは? 今でこそ英国でも、あまり見られなくなった習慣もあるでしょうが、日本とまた違った生活スタイルに興味を持つ方もいるかと思います。
まとめ
この作品が、ミステリー黄金時代の幕開けとなるきっかけを作った作品と言われています。 それまでは、ミステリーというよりは、怪奇小説、ゴシック小説が主体でした。 そこにアガサの登場です。 理論的に、推理を組み立てていく。 新しい小説の形と、それを読む楽しみが、生まれたのです。
ありがとう!アガサ・クリスティー!
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